アルコール依存症
目次
アルコール依存症とは
飲酒のコントロールができない、禁断症状がある、日常生活や健康に問題があるにも関わらず飲酒がやめられない、などの症状がみられるのがアルコール依存症です。
「飲酒のコントロールができない」とは、「飲む量がコントロールできない」ことと「飲む時間のコントロールができない」ことで、やがて1日中飲み続けるという「連続飲酒」に発展していきます。
飲酒による問題は、精神的、社会的、身体的問題の3つに分けられます。精神的な問題には、幻覚がみえる、妄想がある、記憶や睡眠の障害などがあります。飲酒がもとで家族、職場での人間関係が壊れてしまったなどが社会的な問題です。また、身体的な問題としてアルコール性肝炎、肝硬変、膵炎、糖尿病、高血圧などがあげられます。
禁断症状には、飲酒をやめて数時間後から始まる冷や汗、不安感やそわそわ、動悸、手の震え、幻覚、記憶障害などがあります。
毎日大量に飲酒していても、翌朝にはちゃんと起きて会社に出勤し普通の社会生活を送っているという人も多くいます。このような大量飲酒者は、その時点では単なる「大酒家」であって、「アルコール依存症」とは異なりますが、次第に「飲酒のコントロール」を失い、上記のようなさまざまな飲酒問題に発展していく可能性があります。
厚生労働省は、「多量飲酒」を「1日平均60gを超える飲酒」と定義しています。これは、およそビール中ビン3本、日本酒3合、25度の焼酎300mlに相当します。これに対し、1日平均20g程度の飲酒を「節度ある適度な飲酒」としています。
アルコール依存症は、飲酒のコントロールができない、禁断症状がある、
日常生活や健康に問題があるにも関わらず飲酒がやめられない、
などの症状がみられます。
飲酒の引き金
なぜ、酒を飲みたいと思うのでしょう。
今日の日本では、冠婚葬祭、忘年会、歓送迎会など多くの行事で酒が振る舞われ、飲酒すること自体悪いことではありません。しかし、先に述べた「多量飲酒」を繰り返すことにより、脳がアルコールに慣れた状態となり、脳内にアルコールが切れるとすぐに飲酒したいという命令を出す回路が作られてしまいます。つまり、「多量飲酒」を続けることにより、誰でもアルコール依存症になりうるということです。
「梅干を見ただけで唾液が出てくる」、「海を眺めていると幼いころのことを思い出す」など、人はある出来事に対して同じ反応(思考や行動)をするというパターンが知らぬ間に身についています。「飲酒したい」と思う気持ちにも、知らぬ間にさまざまな状況との強い結びつきができていることがあります。例えば、仕事帰り、給料日、行きつけの飲み屋の前を通ったとき、仕事がうまくいかなかったとき、空腹のとき、誰かと喧嘩したとき、孤独を感じたとき、暑い夏の日など、人によってさまざまです。
また、落ち込んだ気分を持ち上げるため、緊張感をほぐすため、眠れないからなどの理由で習慣的に飲酒している人もいます。これらの中には、うつ病、不安障害、不眠症など既に別の疾患を発症していることも少なくありません。
自分がどのような状況で飲酒しているかを知り、パターンを変えていくことも治療の1つです。また、飲酒問題以外のこころの病を抱えていないかを調べる必要があります。
酒を飲みたくなるタイミングを知ることが大切です。
うつ病などこころの病を抱えていないでしょうか?
アルコール依存症の思考や行動パターン
アルコール依存症では、飲酒について指摘されたときに、「全然飲んでいない」「そんなに飲んでいない」などと、飲酒そのものや飲酒量を「否認」する傾向があります。飲酒問題を自覚していないことや、ごまかそうとすることがその理由です。
仕事が山積みになっている、解決しなければならない問題を抱えているときに、酒でごまかすことがあります。元来「問題を先送り」にする傾向がある場合も少なくありません。問題を放置しても誰かが肩代わりしてくれる訳ではないし、ましてや飲酒をして解決するはずもありません。
「自分は不幸な人間だ」と自分を憐れむこと、「自己憐憫」も飲酒量を増やす理由の一つです。もちろん、変えられないこともありますが、その気になれば自分自身や将来を変えていくことができるはずです。
「あの仕事がうまくいっていれば」「あいつのせいで」などと言い訳し、「だから飲むんだ」と飲酒を正当化することもよくみられます。
その他、「酒はいつでもやめられる」「酒をやめるくらいなら死んだ方がましだ」「やめられるはずない」「今度は上手な飲み方ができる」「どうなったっていい」など、あきらめや開き直り、誤った認識などもよく耳にします。
問題飲酒をしていることや、「酒を中心とした思考・行動」をしていることに気づかなければなりません。
「否認」などアルコール依存症によくみられる思考や行動パターンがあります。
酒に強い人と弱い人
酒をいくら飲んでも顔色一つ変えない人もいれば、奈良漬けの匂いを嗅いだだけで気分が悪くなる人もいます。その中間で、酒を飲むと顔が赤くなり、まったく飲めない訳ではないがそんなに強くないという人もいます。
これは、主に肝臓にあるアルコール代謝酵素(アルデヒド脱水素酵素)の強さが関係しています。アルコールは肝臓で代謝され、アセトアルデヒド、酢酸となり排泄されます。飲酒すると顔が赤くなり、気分が悪くなるという不耐症状は、アセトアルデヒドが体内に蓄積することが原因と言われています。このアセトアルデヒドを素早く分解できる人は、不耐症状が少なく、酒に強い体質を持っています。
日本人全体の半数近くが、顔が赤くなる(酒に弱い)タイプですが、アルコール依存症だけでみると9割以上が顔色一つ変えない(酒に強い)タイプです。つまり、酒に強い人は弱い人に比べてアルコール依存症になる可能性が高いということです。
一方で、酒がそんなに強くないタイプの飲酒は、アルコール依存症への発展は少ないものの酒に強いタイプに比べ、食道がんなどの臓器障害になりやすいことが知られています。
酒に強いかどうかはアルコール代謝酵素が関係している。
アルコール依存症のほとんどは酒に強いタイプである。
アルコールと臓器障害
酒を飲みすぎると肝臓を悪くするということは多くの方が知っています。そして、「医者にガンマ(γ -GTP)が高いって言われた」と肝臓の検査結果を気にする方もいます。しかし、飲酒は肝臓だけでなく多くの臓器障害をもたらします。
アルコール性肝炎、肝硬変、肝臓がん、食道がん、大腸がん、膵炎、糖尿病、不整脈や狭心症などの心疾患、神経障害、骨疾患、認知障害(認知症)などの脳疾患などさまざまです。
酒が「百薬の長」であるのは、適正飲酒を行った場合のみの話です。
アルコールは肝臓だけでなく多くの臓器障害をもたらします。
飲酒問題と家族
アルコール依存症は、本人だけにとどまらず家族など周囲にいる人々に悪影響をもたらす疾患です。
依存症になると、「飲酒を中心とした思考、生活」となります。酒を手に入れるため、飲酒していることを隠すため、飲酒を正当化するために、嘘をついたり、言い訳をしたりします。そして、借金をする、遅刻・無断欠勤をする、約束を破る、暴言や暴力、物を壊す、法律に触れるような行動などの問題行動があらわれます。これが繰り返されると、家族や職場からの信用を失います。さらに自信を失い、罪悪感にさいなまれ、自己憐憫が繰り返され、それを飲酒で紛らわせるという悪循環におちいります。飲酒運転し人身事故を起こせば、他人を巻き込んだ問題となります。会社をクビになれば、家族を養っていくことができなくなります。
アルコール依存症は、本人だけでなく家族など周囲の人にも悪い影響をもたらします。
アダルトチルドレン(Adult Children of Alcoholics)
家族への影響は、経済的な問題だけでなく、子供の精神的面の成長に及んでいきます。飲酒がもとで、夫婦喧嘩が絶えない、体罰もある、週末は遊園地に行く予定だったのに朝から酔いつぶれて行けなくなった、いつもお母さん(父親が依存症の場合)がイライラしている。このような一貫性のない不安定な状況は、特に幼い子供に深い傷を負わせることになります。親の機嫌を損ねないようにと、人の顔色をうかがって行動するようになり、オモチャが欲しいなど自分の希望は押し殺して、他人を優先するようになります。また、いつも酒を飲んでばかりのお父さんが悪いと思うどころか、両親の不仲は自分のせいではないか、自分が良い子にしていないからじゃないかと思うようになります。子供心に、このような家庭の問題は周囲に知られない方がよいと考え、誰かに相談することはなく、むしろ自分が非行に走ることで、周囲の目を自分の方に向けようとすることもあります。
このような機能不全の家庭で育った子供「アダルトチルドレン」は、「いつも人からの評価を気にする」、「自分に自信が持てない」、「自分が何をやりたいのか分からない」、「空気のように存在感がない」、「極端な完璧主義」など情緒が不安定となりやすく、抑うつ的で、不安感が強く、さらには父親と同じアルコール依存症になることも少なくありません。
もちろん、すべてのケースが同じ経過をたどるとは限りません。しかし、「三つ子の魂百まで」という言葉があるように、どんな状況であれ家庭環境は子供のこころの成長に大きな影響を与えるということは間違いないようです。
アルコール依存症は、子供のこころの成長に影響することがあります。
イネイブリング(enabling)と共依存
もし、アルコール依存症の方が酒のない無人島で暮らすことになったとしたら、飲酒問題は起こりません。なぜ飲酒問題が起こってしまうのか、それは「本人が問題飲酒をしているという自覚がない」ことと「酒が手に入る環境」があるからです。「酒をやめて欲しい」と願いながらも、逆に家族が「酒が手に入る環境」を作っていることがあります。
飲酒問題を抱えた夫と暮らす妻は、夫がたびたび飲酒しては暴れる、借金を作るのをみて、酒をやめて欲しいと願います。夫が行きつけの飲み屋で暴れ、徳利を割ったと聞けば、その店に出向いて謝罪し、弁償します。借金を作れば、パートに出てその返済に充てようとします。夫の食事代として1000円おいてパートに出かけ、家に帰ってみると、夫は反省する様子もなく酒を飲んでいます。このような状況で「夫の酒をやめさせたい」と奥さまが相談に訪れるケースは少なくありません。
このケースの場合「夫の酒をやめさせる」ためには、まず妻が変わらなくてはなりません。妻の行動が「夫の酒をやめさせる」どころか、反対に夫が「問題飲酒をしているという自覚」するのを妨げています。世間体を気にしながら、夫が起こした問題を妻が火消し役となって奔走しています。こうすることで、夫は飲酒問題に直面することがなくなり、飲酒をしても自分の身に何も降りかかってこない、「酒を飲み続けてもよい」「酒を飲んで何が悪いんだ」と考えるようになります。また、酒を中心とした思考をしている夫に1000円を渡すということは、食事代ではなく酒代を渡しているということなのです。
このように、「酒をやめて欲しい」という思いが、知らないうちに夫の問題飲酒を支える「イネイブリング」という行動となっていることがあります。家族だけが相談に訪れた場合など、その方が「イネイブラー(enabler)」(イネイブリングをする人)になっていないかどうかを確認します。
また、アルコール依存症の家族が問題飲酒を未然に防ごうと思い、患者の行動の先回りをしすぎることがあります。その結果、家族は予期不安が強くなったり、自分の楽しみさえも放棄してストレス解消ができず抑うつ的になったりします。これは「共依存」と呼ばれる家族への悪影響の一つです。
家族がアルコール依存症支えるような行動をしていることがあります。
また、家族が酒の問題に過敏になりこころを痛めることがあります。
アルコール依存症の治療
- 1. 問題飲酒をしていると自覚する
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酒は巷にあふれていますし、違法薬物でもありません。酒はたくさんの行事に用いられるという文化もあります。そして、問題に気づいていない方は、「酒を飲んで何が悪いんだ」と反論します。治療の第一歩は、「問題飲酒をしていることを自覚する」ことです。
「分かっちゃいるけどやめられない」と、問題に薄々気づいていながらも、酒をやめる決心がつかず飲み続けている方も多くいます。「これが最後の一杯だ」を繰り返している人もいます。どのようにして、どのようなタイミングで酒をやめる決心するのでしょう。
アルコール依存症は、「底つき体験」と「スリップ(再飲酒)」を繰り返すといわれます。「底つき体験」とは、飲酒がもとで生じた重大な問題です。病院で「酒をやめないと死んでしまうぞ」といわれた、深酒をした帰りに転んで瀕死の重傷を負った、酒がもとで会社をクビになった、妻が出ていった、飲んで暴れて警察沙汰になったなど、目が覚めるような「痛い思い」をすることです。この時が、酒をやめる決心をするタイミングです。
そして、酒に酔った自分がいかに人に迷惑をかけてきたか、どれだけ家族を傷つけてきたかを振り返ってください。酒がいかに恐ろしいものかに気づいてください。
気が付けば身体的に社会的にも取り返しのつかない状況になっていることも少なくありません。「底つき体験」をする前に専門の医療機関を受診していただくことを願っています。
- 2. 無力さを知り、自分なりの方法を捨てる
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誰にでも人それぞれの経験やそれに基づいた考えや思いがあると思います。「自分はうまくやっていける」、「いつも自分のやり方でやってきた」、「人の助けは借りない」このような信念を持って頑張ってきた方も多いはずです。
しかし、酒をやめるためには、このような考えは捨て去らなければなりません。どんなにこれまで仕事を頑張ってきたとしても、酒のコントロールだけはできなかった過去を謙虚に受け止めなければなりません。「自分は酒の前では無力だ」「自分の力だけでは酒はやめられない」「酒をやめるためならどんな方法でも試してみたい」
これから酒のない人生を歩むためには、これまでの自分を捨てなければなりません。
- 3. 治療の目標
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定期的に内科病院などに入院し、酒を飲みすぎて悪くした肝臓を治し、退院後再び飲酒を始めるという方もいます。これは、アルコール依存症の治療ではありません。
アルコール依存症の治療の目標は「断酒」です。
飲酒問題に気づいて病院を受診した多くの方がこのようなことを口にします。
「内科で酒を控えなさいと言われました、週1日休肝日を設けようと思います」「平日はやめて、週末だけ飲もうと思います」「飲み会の時だけにしようと思います」「焼酎1杯だけに控えます」アルコール依存症は、飲酒のコントロール「節酒」ができない病気です。「この日だけ」「この量だけ」という制限はできません。「飲むか飲まないか」という選択肢しかないのです。
- 4. 治療の3本柱
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アルコール依存症の治療は、「通院」、「抗酒剤」、「自助グループ」という方法で行われ、これは「治療の3本柱」と呼ばれています。
専門の医療機関を受診し、飲酒状況を把握し家族や生活の問題などを解決していきます。同時に、断酒を継続する助けとして抗酒剤などの薬物治療を行います。そして、断酒の決心を維持するために、「断酒会」「アルコホーリクス・アノニマス」などの自助グループに参加します。
- 5. 薬物療法
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アルコール依存症を薬物療法だけで治すことはできません。ですが、しっかりとした断酒の意志が確認できた方には、「抗酒剤」(シアナマイド、ノックビン)あるいは「断酒補助剤」(レグテクト)を使用します。
抗酒剤は、先に述べた肝臓のアルコール分解酵素をブロックする作用があり、酒に強い体質を酒に弱い体質に変えるというものです。もし、抗酒剤を服用した状態で飲酒すると、酒が飲めない人が飲酒した時と同じように吐き気や頭痛などの不耐症状が起こります。場合によっては、急性アルコール中毒などの危険な状態になることもあります。このような作用により、抗酒剤を服用した時には飲酒したいという気持ちが抑えることができます。
断酒補助剤は、脳に作用し飲酒欲求を抑える効果があります。せっかく断酒を決心しても、それを継続するのはたいへん難しいことです。「薬なんかに頼らない、自分の意志でやめられる」と考える方も多いですが、「どんな方法でも試してみたい」と考えを切り替えてみてください。
また、抗酒剤を使用する目的として、家族を安心させるというためということもあります。患者さんの家族、特に共依存のような状態となっていれば、ちょっと姿がみえないと「また飲んでいるんじゃないのか」と1日中不安な状態が続いています。しかし、「今日1日、酒は飲まないよ」という宣言とともに、家族の前で抗酒剤を服用することにより、家族は安心することができます。
- 6. 自助グループ
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自助グループとは、みんなで断酒を続けていこうという考えのもと作られたグループで、「断酒会」「アルコホーリクス・アノニマス」などがあり、全国各地で例会を行っています。
これまでの問題飲酒について発言したり、仲間の体験談を聞いたりします。最初は「人前で話すのは苦手、ましてや自分の失敗談を話すなんて」「自分の力だけで頑張る」といい、参加をためらわれる人もいます。しかし、自分と同じ悩みや問題を抱えている人が大勢いること、自分ひとりで抱え込まなくてもよいことに気づいたり、言葉として発することで自分の考えをより客観的に知ることができたりします。また、「酒の問題は自分の力だけではどうにもならない、誰かに委ねなくては」という考え方に切り替えていくことを、行動で示すことにもなるでしょう。
問題飲酒を自覚することが治療の第一歩です。
自分の力ではなく、専門の医療機関、治療薬、
同じ問題を抱えた人たちの力を借りて治していきましょう。
さいごに
当院では、飲酒の状況や生活環境、ご家族のことなど伺いながら、良い治療方法を一緒に考えていきます。相談の上で薬物治療も行います。必要があれば、入院施設もご紹介いたします。また、ご家族のみの相談も受け付けております。
アルコール依存症というこころの病であって、その人を責めてはいけません。
飲んでしまうのには理由があります。意志が弱いのは誰でも同じです。
一緒に治療していきましょう。